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Threw the Looking Glass

「そういえば、廃城にまつわる噂を知っているか。」

「噂…ああ、廃城の奥底でどんな人でも会いたい人に会えるって、アレですか?

 まぁ、有名な話ですよね、子供だって知ってるぐらいですし。

 でも、実際にそんな場所があるなんて確認できた人はいないみたいですけど。」

城の執務室。主君の問いに、女騎士は目線も合わせず淡々と応える。

というのも、女騎士には自らの主君がこんなオカルトな話に本気になるとは思えなかったからだ。

きっと、市井の人間の関心が何に向いているかという興味からそんな話をしたのだろう。

「エミー、少し外出する。急ぎの仕事は片付いているからな…いいか。」

「ええどうぞ、トルガル様には私から伝えておきます。

 夕食までにお戻りですか?」

「そのつもりだ。」

「では、いってらっしゃいませ。」

女騎士にことづけをして、玉座を立った青年の手の中では、古びた鍵が光る。

古びた鍵…青年のただ一人の友人が渡してきたものだった。

友人が言うには、これは廃城の奥にたどり着くための鍵だという。

この友人というのが曲者で、どこかからか色々と曰くありげなものを集めたりして、

自分で管理ができないとなるとこうやって青年にそういった物を押し付けていく。

殆どが何の役にもたたないようなものだが、これは果たして…。

あれこれと思案をめぐらせているうちに、廃城の最下層の入り口とされている小部屋までたどり着いた。

床には鍵穴のついた引き戸が見える。

震える手で、古びた鍵を差し込むとカチリと音がして鍵が開いた。

戸の下からのびるはしごを降りると、廃れてはいるものの立派な回廊に出た。

ほこりまみれの床には、最近誰かが侵入したとおぼしき足跡がいくつかあった。

おそらくは、件の友人の残したものだろう。

巣くう魔物を散らしながら、回廊の奥に進む。

しばらくの探索の後、青年は中央に古びた鏡が置かれた広間にたどり着いた。

「この鏡は…?」

「あんたは、誰に会いにきたんだい?」

低い、女性の声が聞こえる。

驚いて振り向くと、背後には見知った傭兵の女性がたたずんでいた。

「君は…確か、ケイトと言ったか…?」

「両親に会いに来た?それとも、エマ?いいや…彼女に?」

「なぜ、それを!」

ケイトの言葉には彼女が知りえない情報が混じる。

青年は訝しみ後ずさりながら剣に手をかける。

「待ちなよ。…少し話を聞いてからにしな…私は、人間じゃないんだからさ。

 哀れな弟の妄想が、私を…弟が会いたかった私の形にしているんだ。」

「…レムナントか。」

「ご名答。」

剣を下ろした青年に、ケイトはつかつかと歩み寄る。

刹那、ケイトの顔が、姿が、友人のものにすり替わる。

「でも、あんたが本当に会いたいのは、あんたを受け入れたオレだよな。」

あっけにとられた青年を、友人の姿をした何者かが抱きしめる。

「こういうふうにして欲しいんだよな?」

耳元に、吐息がかかる。

青年の顔が、熱を帯びる。

ちがう、ちがう、ちがう。

こんなのは本心じゃない。

そんな事は…あってはいけない。

「ちがう…っ、俺は、そんなことは、望んでない!」

相手の身体を押しのけて、キッと睨み付ける。

「ごめんごめん、ちょっとからかってみただけ。」

次の瞬間には、友人の姿はケイトのものに戻っていた。

「あんたはまだ大丈夫。弟みたいに、狂っちゃだめなんだよ。」

ケイトは振り向くと、出口のほうへ歩いていった。

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