Divine Discontent
The Last Remnant fansite
1.海岸にて
夕焼けに照らされた、フォーン海岸。
それだけならば絵に描かれたような景色なのだが、
足元には夥しい数のモンスターの死骸が見える。
モンスターの死骸の先には、褐色の肌と金色の髪をした少女が一人。
「もう、嫌ったら、嫌!」
そんな言葉をつぶやきながら、少女はモンスターに向かい剣を振るっていた。
剣を一薙ぎするたびモンスターの塊がはじけ飛び、消えてゆく。
こともなげに進む少女が嫌がるのは、どうやらモンスターではないようだ。
「ブルーも、アキリーズも、嫌!」
少女の脳裏には、一昨日言われた父の言葉が蘇る。
『シェヘラザード、お前ももう16歳になったのだから
少しは将来のことを考えてはどうだ…
お前がこうなったのも、私たちの責任でもあるのだが…。』
父の言う『将来』というのは、言い換えれば『結婚』ということだろう。
少女、シェヘラザードは曲りなりにもアスラム公の娘で、貴族である。
貴族には貴族の義務があり、男子なら領地の運営、女子なら主に婚姻による他国との外交…
だとシェヘラザードは考えている。
となると結婚の相手だが、同年代の目ぼしい相手といえば、
ヴェイリール伯の若君、ブルー・ギルベール・ニールセンか
または新グレウス大公国の王子、アキリーズといったところである。
「ブルーは…イイ奴なんだけど田舎者の不細工だし…
アキリーズはかっこいいんだけど、きっと私より弱いだろうし…
アキリーズのお父上、パリス様とは大違い!」
そう言いながら、シェヘラザード、シエラはモンスターを屠りながら海岸の奥地に進み、
さらにうっとりとため息を吐きながら、器用にもパリスのことに思考を移す。
「ああ~っ、やっぱり、折角結婚するならパリス様とシャルロット様みたいになりたいわよねぇ~
…うちのとーさまとかーさまみたいな仮面夫婦とは大違いなんだから!」
シエラの思考は更に飛躍するが、剣は全く鈍らない。
それゆえに、こんなモンスターの跋扈する海岸で護衛もつけず一人思案することを許されている。
厳密には、海岸の入り口に一人だけ護衛を置いてきているのだが。
その護衛、エミーも、父母と同じくシエラには何故か甘い。
「森の乙女と騎士様の関係性にも憧れるわ~…
って、あれ?」
何度目かの思考の切れ目に、ついうっかり自分が海岸の最奥、
断惑の岬と呼ばれる場所までたどり着いていたことに気づく。
普段ならば別段どうということもない場所だが、その日のその時間には違った。
言い知れぬ違和感を感じた次の瞬間、シエラも本でしか見たことのない伝説の巨人…
サイクロップスが眼前に姿を現した。
そして、目の前のシエラに殺気と、明らかに当たればタダではすまないような大砲を向ける。
「あっ、これ、私死んだ
…とーさま、かーさま、先立つ不孝をお許しください…昨日のケーキもいっこ食べればよかった…」
ズバン、と大きな音がする。
力量の差を察し死を覚悟して、目をぎゅっとつぶり、月並みな後悔を並べて…
「…ん… 私、死んでない?」
恐る恐る目を開くと、祭壇を形作る岩に打ち付けられたサイクロップスと、
こちらに駆け寄る黒髪の青年が見えた。
「悪い!ちょっと空間の制御に失敗してさー、いらん奴まで来ちまった!」
それを言うなり、青年はシエラの両手をとり、親しげに、というか馴れ馴れしく握る。
「うわっ、超久しぶりだなー、元気にしてたか?ダヴィッド!」
「…いやっ、なに、あんた、いきなり超キモイんですけど!無礼なんですけど!」
シエラはいきなりのことに、赤面しつつも青年の手をはらいのけた。
「あれ、こんな奴だったっけ?ちょっと見ない間にパブのマスターが伝染した?」
「なに訳わかんないこと言ってるんですか!私はシェヘラザード、ダヴィッドは私のとーさま!」
そう言われて青年は首をかしげてから改めてシエラを見つめた。
見つめた、というより凝視に近い。
生まれてからこんなに人に見つめられることは、いまだかつてなかったとシエラは思った。
普通なら、無礼だと言いたいところだが、こんなに悪気もなく真っ直ぐ見つめられたら、
こちらの方が恥ずかしくなってしまう。
「…あーっ、確かにちょっと違うかも、ちょっとだけだけど。」
「あんたの目は一体どーなってるんですか!」
突っ込みつつも、シエラは少し傷ついた。
確かに、シエラは美しいが、剣を振るうこともあってか肉体も引き締まっており、
その美しさは中性的で、若いころの父親の面影を感じる者も多い。
せめてあと少しでも、柔らかな印象の母親の要素があれば…というのも、またシエラの悩みであった。
「それ、よく言われる…っていうか、ダヴィッドの…娘!?」
「そうですけど、それが何か?
あんた、とーさまの知り合いですか?」
「ああ、ちょっとな…あいつ、今どうしてるんだ?」
「その前に、あんたは誰なんですか」
「ごめんごめん、オレはラッシュ!」
父を知るこの男の名前は、ラッシュ。
その名前を、シエラは知っていた。
父母と、そしてエミーの話の中だけに出てくる存在。
父母と、エミーがシエラに天真爛漫な振る舞いを好む理由。
一度、エミーにそれが誰なのか聞いたときの、エミーの潰れそうなぐらい切ない表情が頭に浮かぶ。
考えるよりも早く、シエラはラッシュの手をとり、エミーの待つ海岸入り口まで駆け出した。
2.帰還
「エミーっ、エミーっ!」
シエラの声が聞こえる。
おおかた蟲モンスターを倒し尽くして、スッキリしたのだろう。
しかし、いつも元気なシエラでも、珍しいぐらいの大声を張り上げているのに気付き、
エミーは声のする方へ顔を向けた。
ぶんぶんと大きく手をふりながらこちらへ駆け寄るシエラ。
そして、振られていない手が掴むのは、黒髪の青年の腕…
「ラッシュ…!!」
青年の顔は、20年間、忘れることができないその顔。
関わった誰しもが、愛おしく懐かしく思う顔。
心臓が止まるような
幻覚を見たかのような
とてもうれしいような、ほんの少しさびしいような
エミーの中で、複雑な感情が渦をたてる。
姫が、青年ととてつもない感情の波を連れてくる。
「はぁっ、はぁっ、お前、お前の親父と違って乱暴なのな…。」
「エミー、エミー、ほらほら見て見て見て見てっ!」
全速力で走るシエラに振り回されて、肩で息をするラッシュと
対照的に活き活きと、まるで獲物を捕まえた猟犬のようにエミーを見るシエラ。
さびしさは一旦消えて、エミーは微笑ましさに頬をゆるませる。
「あれ…おばさん…!?」
「やっぱり!言うと思った!
これで二度目よ!次は許さないって言ったけど…
今の私は、紛れもなくおばさんね。」
「二度目?それじゃ、お前はエミー?」
あれから20年、経ってしまった。
エミーもすっかり年をとり、
ラッシュと出会ったころの母エマと同じぐらいになっていた。
「でも、うれしいわね、母上と間違えてくれるだなんて。
20年経った今でも、追い越せる気がしないけど…。」
「相変わらずお前は母上母上って、何年経ってもマザコンだなー。」
「シスコン野郎には言われたかないわよ!」
そう言った瞬間、エミーはあることに気づき、気まずそうな顔をして、
ラッシュと…シエラの顔を見た。
「あー、あっ、えーと、ラッシュ?
あなたの隣にいらっしゃる、このお方、誰かわかってる?」
「ああ、シェヘラザード、ダヴィッドの娘、だろ?」
「そうだけど…ダヴィッド様と、誰のご息女かって聞いてんのよっ!」
小首をかしげるラッシュを見て、シエラはエミーの意図を察し、エミーの目を見つめる。
すると、エミーもまたうなずき返した。
口を動かさずに、「この男、鈍いわね」「ええ、やっぱり鈍いです」と会話するように。
あきれ顔のエミーが髪の毛をかきあげるのが早いか、降参する言葉が聞こえた。
「んー、わからん、誰?」
「私のかーさまの名前は、イリーナ。」
エミーとシエラに緊張が走る。
シエラから見て、ラッシュは、断片的な情報をつなぎ合わせると
どうやら母の兄であり、エミーの態度や、母の昔ばなしからすると、
度を超すほど母を溺愛していたと考えられる。
つまり、このままいきなり父に会ってしまえば、ラッシュは大切なものを奪われた怒りを
まるごと父に向けてしまうことになるのではないか…。
だったら、ここで一番責任のないシエラが真実を明かしてしまうのがセオリー通りである。
しかし、ラッシュの答えは肩透かしを喰らうようなものだった。
「ああ、それなら良かった。オレ、二人ともすっげー好きだからさ!」
ぽかんとするシエラを脇目に、エミーは笑い出してしまった。
キミ、確かにそういう奴だったわよね。だから、みんなキミの事大好きだったんだわ。
聞こえないようにつぶやくと、エミーは久しぶりにとても幸せな気持ちになった。
「とりあえず、城に帰りましょうか。」
3.愛の形
「どいつもこいつも、何を考えているんだか…。」
ふぅ、とシエラの口からため息が漏れる。
自分の右側を見ると、ラッシュが木にもたれかかっている。
表情は無く、何を考えているのか、それとも考えていないのかさえわからない。
アスラムの街に帰る道すがら、
エミーが「折角だから感動の再会はサプライズで」などと言いだした。
そして、街に近づくや「じゃあ私は準備があるので、ここで待ってて下さい」と
街の大門から離れた人気のない場所に二人で待たされている。
あろうことか一応は護衛対象であるシエラと、シエラには素性の分からないラッシュ。
それを二人きりにして放っておくとは、と思ったのだが。
だが、スキップしながらとんでもない勢いで街に突入したエミーには
何も言えなかったのである。
素性の分からないラッシュ…とりわけ、その外見はシエラにとって異様に見えた。
エミーは20年前の知り合い、というのに、どう見ても歳は自分と同じか、
がんばっても兄ゲオルグと同じぐらいに思える。
相手は男だし、この気まずさを打破するためにも聞いてみてもよいだろう。
「あんたって、一体何歳なんですか。」
「ああオレ?1000歳ぐらい?」
「はぁ?!」
「いやオレ、ミトラじゃないし。」
「…どう頑張ってもソバニには見えないですけど。」
「レムナント、だよ。聞いてなかった?」
レムナント。
20年前までは世界に満ちていた不思議な力。
今では消え失せて、先生の部屋にうずたかく積まれた本や、昔ばなしの中にしか存在しない。
だから、エミーはこの外見に別段驚くこともなく受け入れたのだろうか。
「シエラ様!お待たせいたしましたよっ!」
見たこともないテンションのエミーの声が、話題と思考をかき消す。
そして、手に持った麻のずだ袋を乱暴に、ラッシュの頭にかぶせた。
くぐもった声で、なにすんだよ、と聞こえたが、エミーには聞こえないようだ。
「長年、公と奥方様のお心を苦しめた憎~い賊を捕まえたので、
御前にひったてるというわけです!
というわけで、ラッシュ、黙ってなさいよ!」
エミーが嬉しそうにウインクする。
この女、正真正銘のアホだ…。
こんなしまりのない顔をして罪人をひったてる奴がどこの世界にいる。
父と母に、将軍職を取り下げるよう進言しようかとシエラは少し思ったが、
嫌な気はしなかった。
「…あまりはしゃぎすぎないように。バレると恥ずかしいんですから。」
これも、父と母のことを喜ばせようとしている故とわかっているからだ。
シエラはもう少し、茶番に付き合ってやろうと思った。
・・・
「エマ将軍、お疲れ様です!
あれ、エマ将軍の連れているそいつの風体は、どこかで見かけ…」
「こいつは大犯罪者だ!御前にひったてるのだ!」
「!…わかりました、どうぞお通り下さい。」
アスラムの街は、それなりに広い。
城につくまでに、警備兵に見つからない訳はない。
若い警備兵はごまかせるが、エミーと同年代の者であれば覚えているのか、
ラッシュを連れたエミーに声をかけるものも多い。
この棒読み同士のやりとりも、何度繰り返したかわからない。
異様さを察してか、城下全体がにわかにざわつきはじめる。
それでも、エミーの意図を汲んでか城に報告するものは誰もいない。
みんな、この現状間抜けな姿をした男を愛しているようだ。
そして、父と母も、愛されていて。
感動の再会を演出するぞ、とかいいつつバカみたいにみんな浮かれはじめている。
将軍がバカなら、付き合う下士官もバカ。
そして、シエラ自身も。
・・・
「エマ将軍、ご帰還です。」
玉座の間。
女官の声とともに、エミーが進み出る。
罪人というていで、エミーに後手をつかまれる形になったラッシュと、シエラも一緒だ。
玉座に在るシエラの父と母、そして傍らの兄は、技師長と難しそうな話をしているようだ。
父はこちらに視線を向けることなく、「帰ったか、ご苦労」とだけ言った。
「ダヴィッド様!長年お探しの大罪人を連れて参りましたよ!」
父の注意をひくように、演技がかったセリフを言いながら、
エミーはラッシュにかぶせた袋をはぎとり、ラッシュのせなかをどんと押し出した。
よろめきつつも、久しぶりに視界がひらけたラッシュと、
何事かとこちらを見る父母の視線が交わる。
父の手にある書類がばさりと音をたてて、落ちた。
「ただいま。」
そう言ったはいいが、やはりラッシュには肝心のダヴィッドとゲオルグの見分けがつかないようで、
代わる代わる見比べている。
この男の目は一度医者に見せたほうがいい。が、レムナントを見る医者などいるのか。
などと思っているとシエラにとって予想外のことが起こった。
「お兄ちゃん!一体どこ行ってたのよ!」
「ああ、ごめんな、イリーナ。
しかし、やっぱり母さんに似てきたんだな。」
ありえない事。
シエラにだって、父母が喜ぶことぐらいは想像できたのだが、
普段は穏やかなはずの母が、ラッシュに飛びつき、人目も憚らず泣いている。
そして、母より感情の起伏に乏しい…シエラにとっては鉄面皮の父でさえ泣き笑いしている。
父母を気遣ってか、ゲオルグが側仕えの人々を部屋から出したのだが、
当の父母は全くそんなことは問題ではないかのように、泣きつづける。
それを見ているエミーの目にも、うっすら涙が光る。
おかえり、よかった、などと言いながら並んで泣く父母をなだめるラッシュ。
そこには、シエラが感じるいつもの父母の間にあるぎこちなさはなかった。
ラッシュという、最後のピースがはまって、
二人、いや三人は本当の家族になったかのようだ。
その本当の家族の中に、自分や、兄の居場所がないような気がした。
そして、気づくとシエラはそこから外へと走り出した。
「シェヘラザード!どこへ行くんだ!」
「シエラ様!」
シエラはなんとなく、バタバタと大きな足音をたててみせた。
そのせいでみなシエラが逃げたことに気づいた。
そして、エミーが追いかけようと走る姿勢をとる。
「待て、エミー。
父上、母上、ここは私が…あれの行くところはわかりますので。」
ゲオルグはそう言ってエミーを制止し、父母に向かい折り目正しくお辞儀してから、
ゆったりとした歩みで玉座の間を退出した。
・・・
城のなかでも、門より最も遠い一角に、大きな部屋がある。
退役はしたものの、子供たちの家庭教師にと乞われて城に残ったパグズの部屋だ。
広い部屋はパグズの生活空間と、うずたかく積まれた本と、
子供たちの勉強部屋が一体となって、城の中でも群を抜いて混沌としている。
ダークフォレストの木で作られたローテーブルの短い辺には、
パグズ専用の集中力が高まるらしいと噂のメルフィナ産の籐椅子。
長い辺には、シエラお気に入りの、大きなバルテロッサ風のソファーが置かれている。
そのソファーの中央に、シエラはドリルとひざをかかえて、ちんまりと座っている。
「姫様、はて、何かありましたかな?」
パグズがローテーブルにそっと、ティーセットを置いて
とっておきのフェアリーハーブで淹れたミルクティーを、シエラと自分のカップに注ぐ。
シエラのそういう座り方は、ミトラが寂しいときにやるものだと、パグズは知っている。
幼かったころの主君も、城に来たばかりの奥方様…その時はイリーナ嬢だった…も、
こうだったことをよく覚えている。
「先生…あのね…、ラッシュが帰ってきたんです。」
「! ほう! 今日の城下のざわめきはコレでしたか、成程。」
「それでね、とーさまと、かーさまと、泣きながら、抱き合ってた。
私、あんな二人、見たことなかった。
今まであの二人ってぎこちないから、よくある貴族の結婚で、
そんな仲良くないんじゃって思ってたけど…。
なんで、ラッシュがいるだけで、あんな家族って感じになるんだろって。
私って、何なんだろうって。」
言いきって、シエラはさらにうつむき、ドリルをぎゅっと抱きしめた。
パグズは少し考えて、小さな口の下に手を当てた。
「姫様、これは例えですが…
姫様と、若様の大好きでいらっしゃる、プレラのタルト。
若様の食べるはずだった分を、間違えて姫様が食べてしまったら…
どうなさいます?」
「そりゃあ、にーさまに謝ると思います。」
「じゃあ、謝る前に若様がいなくなったとします。
若様は怒っているかもしれませんし、そうじゃないかもしれません。」
「…それは、スッキリしませんね。」
「タルトじゃなくて、もっともっと、お互いにとって価値の高いものなら?」
「とーっても、罪悪感に苛まれるのです。」
「そう、姫様も遠慮なさるでしょう。一緒ですよ。」
短い問答の末に、パグズが言いたいことを少し掴んだのか、
ようやくシエラは顔を上げることができた。
それを見たパグズは、クシティ特有の、慈悲深そうな笑みを浮かべて頷いた。
「何事も、想像するのが大事ですよ。って言いたいんだろ?」
パグズの言いそうなセリフが、思わぬ方向から聞こえてきた。
声のほうを見やると、いつから居たのか、ゲオルグが扉にもたれかかっていた。
シエラの目線が自分をとらえるのを確認して、ソファーの肘置きに腰かけて
口もつけられず、すっかり冷めたシエラのミルクティーを飲みほした。
「ああ、必要なさそうな物だったら、遠慮なくもらうぞ、俺は。」
「若様、申し訳ありません、新しいのをすぐ淹れますので。」
「いいんだ、先生。
それはそうと、これも想像なんだが、シエラ、お前、
この城に俺と先生がいなくなったら、今みたいな時どうするんだ。」
あまり、気のすすまない問答であったが、シエラは考えてみることにした。
シエラはこの兄と、パグズが好きだ。
暇があってもなくても、3人でこうしていると気が休まる。
それは、この城でただ兄とパグズのみが身分にとらわれずシエラと対等だからだ。
年の近いものは何人かいるが、みな臣下である。
この理由なら父母にもそういう感情を抱かなければならないはずだが…
父母は優しく尊敬に値するが、
父からはあまり人間味が感じられず、それに不満を抱かない母…
言葉ではうまく伝えられないが、ヒトとして綺麗すぎる。
そんな違和感を感じているため、父母はどこか遠かった。
兄は、姿形は父に生き写しで振舞いも優等生だが、ずいぶん人間臭いところもある。
「父上には、誰もいなかったんだよ。
ラッシュ・サイクスに出会うまでは、たぶん誰も。
それに、母上にだって、大切で特別な兄だったんだろうさ。」
私も、父と同じく誰にも何も言えないまま、国を背負わされたら…。
そんな時に、心をさらけ出せる相手が現れたら、
あるいは自分の命より大切な親友になるだろう。
そして、親友の一番大事なものを奪ってしまったなら、謝れなかったなら
後悔で、きっとおかしくなってしまう。
母と同じなら、一番知っていて欲しかったはずの兄に
断りなく嫁げば、兄の気持ちが気になって遠慮もするだろう。
「納得できませんけど、理由にならなくもない…か。」
「そうだぜー、本当は俺も羨ましいよ。
だってお前ら相手じゃスケベな話もできねーし。」
「にーさまのアホー!」
「ほっほ、しかしラッシュ殿と一緒にされるのは心外でございますな。
若様にも、姫様にも私は一生懸命お仕えする気持ちでおりますが。」
「違うんだよ、先生。
アリエスに将軍職を譲った後、先生はこの国の誰におもねる必要もなくなった。
身分なんて、あってないようなモンさ。」
「はい、私の戦友マダックスの部下の弟の弟子の従兄で今はエミー殿の夫の
アリエスはとても優秀でございますので、私も安心して隠居できるというもの。」
「いつも思うんだけどさ、その説明、必要?」
「ちょっとした冗談でございますよ。」
兄の軽口のおかげか、シエラにはすっかり元気が戻ったようだった。
本当に、このお方は素直で、感情が豊かで見ていると面白い。
まるで誰かさんのようだ、とパグズは思い、ふふっとほほ笑んだ。
しかし、次の瞬間、シエラの顔がまっさおになる。
「アリエス…エミー…夫…元カレ…遭遇…修羅場…
まずい!これはまずいわ!私のせいで!!」
何事か呟いたのち、すくっと立ち上がりシエラは一目散に部屋を出た。
部屋に取り残された二人は、目を見合わせる。
「…エミーは父上と母上ほど拗らせてはいないと思うが。」
「ええ、私もそう思うのですが。」